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笑われたい


著:川島誠 / 「夏のこどもたち」収録 角川文庫


『これ、中学の頃の話ね。佐藤健司、っていうやつがいた。

お、こんな立派な漢字の名前、持ってたんだっけ?イメージは、ケンジ、っていうカタカナだけだぜ。』


高校生になった語り部の「俺」が中学のクラスメイトであるケンジを思い返す話。

・語り部の「俺」はバスケ部らしいバスケ部で、バスケットボールが学年で一番上手くて、クラスでの舐められない存在(自称)

・ケンジは「俺」と同じバスケ部だが、へらへらしてバスケが下手で、だから後輩にも舐められていて、クラスでも道化役になるような生徒

・池上はおなじくバスケ部で「俺」のつぎにバスケットボールがうまくクラスでも強いほうにいる。「俺」が一目置いているような感じがする。


30Pにも満たない短編で、なんだか切なくて灰色の青春って感じで何回も読むほどすきな話なんだけど、読めば読むほど疑問が浮かんでくる。というのもこの話、あくまで語り部は「俺」であるから、改竄、歪曲して話すことも可能なのである。「俺」はバスケ部の中でも上手い方で、それは池上もそうなんだけど、池上の反応が冷たすぎる。「俺」が自称で語ったとおりの人物ならばもう少し人望もあるんじゃないだろうか。


疑問① タイトルの「笑われたい」は誰が誰に笑われたがっているのか?

・ケンジはすでに道化役で笑われている

→俺「かまわないぜ、好きにして。そうまでして笑われたいんなら」ここからきてるのかもしれない。なのでケンジが不特定多数に笑われたがっている?


・「俺」が笑われたがっている?

→読んでいて思うのが、この語り部ぜったい友達がいないもしくは少なそう。

俺もケンジみたいに笑われてみたい?もしくは池上に笑われたい(興味を持たれたい)のではないだろうか。

→この小説の最後は高校生になった「俺」が偶然、街で甘栗を売っているケンジを発見するシーンでおわる。たぶんそこから帰り道にでもケンジのことを思い出して冒頭の文になるんだと思うんだけど、さいごの一文が「俺、そのまま通りすぎた。けど、もし声かけてたらどうだっただろう。たぶん、池上なら、買ってあげただろうなあ」で終わる。


高校生になって、とくに仲が良かったわけでもなかっただろう同級生を最後の最後に出してきて文を締める、ということは池上はただのモブではなく、「俺」にとってけっこう重要な人物だと言うことである。

読んでるかぎり池上は「俺」にはあんまり関心を持っておらず、まだケンジの方が退屈しのぎになると思ってるように感じる。だから「俺」はケンジのように池上に笑われたがっているのではないか?


疑問② ほんとに「俺」は存在してるのか?

→読んでるうちに、「俺」=ケンジなのではと思ってみたり。

この疑問が生まれたのは、「俺」がケンジついてあまりに詳しすぎるから。

ケンジの昼休みの行動、出身地、いままで所属した部活の履歴、進学先など、およそ興味のない、見下してる相手とは思えないほど観察している。ケンジは中学2年になるまでにたくさん部活を辞めて入ってを繰り返してバスケ部に来るんだけど、友達でもない人の部活履歴まで把握してるものだろうか?


・「俺」が話すのはケンジと池上だけ。池上との会話ではとくにバスケの上級同士の会話などではなく、「俺」が話しかけて一言で返されている。あまりにもそっけない。

しかしこれが、バスケが学年一うまい「俺」ではなく、バスケが下手で舐められまくっているケンジが話しかけてるのだとしたら、失礼だけど池上のそっけなさも納得がいく。


・「俺」はケンジが作り出したもので、すこし未来の、大人になったケンジが語り部をしているのでは?

→中盤で、ケンジが後輩に舐められすぎて、一年に雑務を押し付けられている件について、部でミーティングをする場面がある。二年生が一年を叱るという場面だ。語り部の「俺」はそのミーティングに参加しなかった。その理由は覚えてないのか詳しく書かれていない。なので、書き方も「〜だったらしい」みたいに語られているのだけど、途中途中、それがはずれてあたかもその場に居るような書き方になっている。


「(池上は)その日だって、それまで、ひとことも口を聞かないで、横でひとりでフンフンしていた」

誰の横で?横というのがミーティングの輪の外、ということも考えられるが、ではなぜ「していたらしい」ではなく「していた」の断定口調なのだろうか?

しかも「俺」がミーティングにいかなかったと語る一文もなんか引っかかる書き方をしている。

「俺は、俺はいかなかったの、その日は」

ふつうに「うんざりして俺はいかなかった」とさらっと言えばいい一文がやけに意味ありげに書かれているようにかんじる。考えすぎかもしれないけど。



と、たった30Pでここまで考えれるすてきな話で、語り部の口調がくだけていてかわいいので、ぜひ読んでくださいおすすめです、そして考察が聞きたい。


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